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「日本一速い男」星野一義は、監督業に就いてからも、全面に出て、チームを引っ張った。だが、あるときチームが空回りしていることに気づく。監督は自分ではなく、人を動かすのが仕事――それときから、「闘将」星野は少しずつ変わりはじめた。


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大串信=文 text by Makoto Ogushi
白澤正=写真(ポートレイト) photograph by Tadashi Shirasawa
折原弘之=写真(レース) photographs by Hiroyuki Orihara


第3回 チームの力を十二分に引き出すために


星野一義は2002年8月に現役生活を引退し、自社チームであるTEAM IMPULの監督に就任した。自分の身体にも精神にも負荷をかけ続ける選手生活に疲れた星野は「自分を楽にしてやりたくなって、自分で自分をクビにした」と言った。


だが「目一杯」が口癖だった「日本一速い男」にとって、監督業は容易にこなせる仕事ではなかった。自分で走れない事態がもどかしくてならず、想いが空回りしてしまったのだ。その激しい様子から星野は「闘将」と呼ばれるようになったが、星野自身は自分の立場を見失っていたのだ。だが徐々に監督としてあるべき立場を見出したという。


「ぼくがチームやドライバーに対して怒って、それでタイムが良くなるならいくらでも怒る。今でもミーティングに出るぼくの顔は怒って見えるかもしれない。でも、自分ではこれでも怒りが表にでないようにしているつもりなんだ。ぼくが出しゃばればチームは萎縮してしまう。監督になるとみんな張り切り過ぎるんだけど、監督が張り切ったらだめなんだ。それで、あるとき一歩下がってみたら少し状況が良くなった。二歩下がったらもっと良くなった。今は三歩下がっている。淋しいんだけどね。でもみんなの力をフルに使うにはこれがいいんだなと今は思っている。それがわかったのは、せいぜい5、6年前の話だよ」


「野球でも、現役でエースやっていた選手がいきなり監督になってうまく監督できないケースがよくあるでしょ。あれと一緒。オレがオレがってやると監督はダメなんだ。でも最初はわからないんだよ」


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(珍しく笑顔がこぼれる星野監督と安田)


速さを競うモータースポーツにおける監督の役割は多岐にわたる。チームによって異なるが、基本的には、ドライバーのインプレッションとデータを総合して現状を分析したエンジニアから報告を受け、方針を決定するのが監督の主業務である。TEAM IMPULの場合、星野は細部については口をはさまないよう心がけている。


「チームのスタッフは、みんなそれなりの経験も積んできたプロなんだ。データを扱わせたとき、今の20代、30代の人にぼくがかなうわけない。決勝レースに向けては、エンジニアが基本シミュレーションをしてくれるから、『それ、よく説明してくれ』と話を聞いて、課せられたハンディによって今回はこういう状態だから6位以内、うまくいけば4位だなとか、ミーティングをして状況をドライバーにも認識させてレースに臨むんだ」


星野は自分なりに綿密なレースシミュレーションを行い、自分の目で見た状況と考え合わせたうえでエンジニアの意見とすり合わせて最終決断を下す。


「もうちょっと攻めてみないか、と意見することもある。外から眺めていてクルマの動きが悪いようだったら、あそこなんとかならないの? と注文をつけることもある。エンジニアと意見が分かれたときには『そうか、それだけ自信があるならそれで行こう』と引くこともあるし、ぼくが決めることもある。でも口を出しすぎるとダメなんだね」


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ミーティングで結論が出ても、星野は本当にそれで良かったのか、自分の頭の中でシミュレーションを繰り返す。レースの週末、星野の頭の中からレース以外の物事は排除されてしまい、星野は外からは異様にも見えるほど興奮状態に陥る。その姿は、現役でコースの上を疾走していた星野と変わらない。レースに勝つために最大の能力を絞りだそうと自分で自分を限界まで追い込んでいるのだ。


「レースの週末は、頭がレースのことでいっぱいになって、イライラして人が変わったようになる。なぜかって? 結局、ぼくにはレース以外のことができないからなんだよ。現役を引退したときは自分を楽にしてやろうと自分で自分をクビにしたんだけど、監督になっても同じだから何の意味もなかった。いつになったら楽になれるんだろう。もう65歳なのにね。でも今“星野一義”が抜けたらうちのチームや会社はどうなるんだって考えると、結局こういうポジションにいなくちゃいけなくなるんだ」


惜しくも逆転王座を手にすることができないままシーズンを終え、通常の生活に戻ってきた星野は、自分にあきれたように笑みを浮かべた。だが、すでに来季へ向けた闘争心が星野の全身から発散していることに星野自身は気づいていなかったかもしれない。(了)




【第3章 チーム監督・星野一義の実像】
■第1回 眠れない夜
■第2回 山あり、谷ありの2014年シーズン
■第3回 チームの力を十二分に引き出すために


【第2章 GT500ルーキー佐々木大樹の可能性】
■第1回 HOT & COOL
■第2回 GTは抜き方、抜かれ方が重要
■第3回 23歳が刻んだ豊富な経験と幅広いテクニック


【第1章 レーシングドライバー松田次生の世界】
■第1回 1㎜の違いを見分ける繊細さ
■第2回 ヒリヒリとした緊張感が勝利を導く
■第3回 心拍数200の全身運動
■第4回 勝つための引き出し



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2014年12月21日(日)、TOKYO FM系の人気ラジオ番組『NISSAN あ、安部礼司』9年目のイベント、「あべキュン~安部礼司9年目の99(キュンキュン)~」を日産グローバル本社ギャラリーにて開催いたします。

014年シーズン、星野一義率いるTEAM IMPULは初戦から3戦連続表彰台と、最高のスタートをきった。しかし、終わってみれば悲願のタイトル獲得はできなかった。あと一歩、足りないものは何だったのか。長かったシーズンを振り返る。

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大串信=文 text by Makoto Ogushi
白澤正=写真(ポートレイト) photograph by Tadashi Shirasawa
折原弘之=写真(レース) photographs by Hiroyuki Orihara

11月30日(日)に富士スピードウェイにて開催されたニスモフェスティバルのイベントレポート。2回目はパドックエリアをご紹介したいと思います。

現役を引退して12年。かつて「日本一速い男」と呼ばれた星野一義は、いま、チーム監督としてレースを戦い続けている。チームを勝利に導くために、監督は何をしなければならないのか。星野監督の実像に迫る。


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大串信=文 text by Makoto Ogushi
白澤正=写真(ポートレイト) photograph by Tadashi Shirasawa
折原弘之=写真(レース) photographs by Hiroyuki Orihara

1月30日(日)に富士スピードウェイにてニスモフェスティバルが開催され、寒空の下にもかかわらず、前年を上回る3万5千人の方々にご来場いただきました。

11月30日(日)、富士スピードウェイにて開催するニスモフェスティバル。今回はNISSANタッチ&ライドコーナーの紹介をさせて頂きます。

↑昨年の様子

11月30日(日)、富士スピードウェイにて今年もニスモフェスティバル開催いたします。

11月15日(土)~11月16日(日)にツインリンクもてぎで開催されたSUPER GT最終戦のイベントをレポートしたいと思います。
最終戦では今シーズンに参戦100戦目を迎えた星野一樹選手のお祝いパレードが行われました。

ブログ用に親子でポーズ!その理由は・・・!?

11月15日(土)~11月16日(日)にツインリンクもてぎ(栃木県)にてSUPER GT最終戦が開催され、ポイントランキング3位で挑んだ#23 MOTUL AUTECH GT-R(松田次生/ロニー・クインタレッリ)がポール・トゥ・ウィンし、見事逆転でチャンピオンを獲得しました。