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『チーム日産~モータースポーツにかける者たち』 第14回 23号車 MOTUL AUTECH GT-R 柳田真孝、ロニー・クインタレッリ

2013.10.25 Fri

日産モータースポーツを支える者たちに、あらたな光をあてるコラム。
第14回は、もてぎでの最終戦を前に、前人未踏の三連覇を目指し、
エースカーで挑む、柳田選手&ロニー選手の
スペシャル対談をお届けいたします。

「マーに最初に会ったのは、確か、2003年、
富士スピードウェイのレストランだよね。
「ええっ?ぜっんぜん、覚えてない。
あれ?ロニーに初めて会ったの、
2004年じゃなかった?一緒にF3で戦って…」
「違う、マーと同じテーブルにボクが座ったんだけど、
マーの水、ボクが飲んじゃったんだよ」
二人で、優しく笑う。

柳田真孝、ロニー・クインタレッリ。
伝説を創る男たちは、全く違うオーラを放ちつつ、
同じ波長をシンクロさせる。

「GT500クラスにステップアップした年に、ロニーと組めて
うれしかったですね。彼にはミシュランタイヤの豊富な経験が
ありましたし、速さはもちろん、繊細で綿密なレース運びには
注目していましたから」
柳田がそう言うと、
「マーは、最初からとても信頼できるパートナーでした。
彼のおかげで、ボクは100%のパフォーマンスができる」
2011年に一緒にコンビを組んで、
最初の印象と変わったことはありませんか?
あまりにも仲良しなので、少し意地悪な気持ちでそう、訊いてみると、
「ロニーは、想像以上にキチンとしていて…。
イタリア人的な明るさはもちろんありますが、いろんな情報を
絶えず収集し、自分のラップチャートのファイリングは、怠りません。
毎テスト、毎レース、整理している。
あ、日本語が、こんなにうまいのにはビックリしましたけど」
やはり、二人を包む天使の輪に揺るぎはない。
これはちょっと直して欲しい、
これだけはやめて欲しいっていうこと、ありますか?
さらに意地悪な質問を続けても、
「ない、ですねえ」
「ナイ、ねえ」
と笑顔。

そこで気がついた。
この相手を包み込む絆の確かさを裏打ちしているのは
勝つこと、1位になることの重責。
どれだけの試練を二人でくぐり抜けてきたのだろう。

その激しさ、厳しさは、去年のオートポリスでの第7戦、
台風の影響下、最終ラップで逆転優勝したレースに
集約されるような気がする。
あの柳田の走り、ロニーの祈り、そしてむき出しの歓喜。
最悪のコンディションの中、信頼のバトンが夢をつないだ。
「あのオートポリスのレースは、永遠に忘れないよ」
ロニーが、静かに言った。

「ロニーは、本当は抜きたい、速さもある、それなのに、リスクを避け、
状況を見て、我慢して戦ってくれた。その思いがボクの背中を押した。
ロニーの分まで頑張らなきゃいけない」そう語る柳田の表情には、
昨年のセパンでのリタイアの記憶が垣間見えた。
あのとき、二人は話し合ったという。
全てリセットして、ゼロから立て直そう。
我慢、それこそが我々を強くする。
ロニーは言った。
「ボクたちは、チャンピオンではなく、いつでも挑戦者だから」

2011年シリーズの第4戦。SUGOで優勝して以来、
守り続けているジンクスがある。
レース前の金曜、そして土曜の夜、
二人で同じレストランで食事をするということ。
それを健気に続けているところに、重責の影を感じる。
NISMOチームで走ることができる喜びとエースカーの重圧。
柔らかいムードの中に厳しさが見え隠れする。

「3年同じドライバーと組むなんてもちろん初めてだし、
いつもスタートドライバーはロニー。この安心感は揺るぎないですね」
柳田が笑顔で言った。

最終戦への意気込みを聞かせてください。
最後にそう訊いた。
柳田真孝は、凛とした目で僕を見た。
「正直、厳しい状況にあると思います。それはそうだと思います。
みんな三連覇を阻止しようと必死で戦ってきますから。
でも、そういうときこそ、自分たちの力を信じて、
最高のパフォーマンスを見せたいと思います!」
ロニー・クインタレッリも、僕の目を見て言った。
「NISMOチームで戦うことは、ボクの夢だった。だから今、
この素晴らしいチームにいる幸せを、結果に変えたい!」
二人の輪は、NISMOという大きな輪のひとつだった。

ゲン担ぎはきっと、もてぎでも実行されるのだろう。
勝負の厳しさは、どこまでも彼らを追う。
でも彼らの優しさは、強さの証明。
二人の背中は、頼もしく大きく見えた。

文・写真 北阪昌人

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