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【Sports Graphic Numberタイアップ企画】GT500ルーキー佐々木大樹の可能性 第3回

2014.11.14 Fri

さまざまなカテゴリーのレースを経験してきた佐々木。それはけっして平坦な道ではなかった。ひとつひとつ課題をクリアして、GT500まで登りつめる中で、自身の武器を着実に身に付けてきた。佐々木のレース人生を辿る。

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大串信=文 text by Makoto Ogushi
橋本篤=写真(ポートレイト) photograph by Atsushi Hashimoto
折原弘之=写真(レース) photographs by Hiroyuki Orihara

第3回 23歳が刻んだ豊富な経験と幅広いテクニック

6歳でジュニアカートを始めた佐々木大樹は、その後レーシングカートで数々のタイトルを獲得し、2008年、16歳にしてNDDP(ニッサン・ドライバー・デベロップメント・プログラム)の抜擢を受けて本格的ジュニアフォーミュラ、フォーミュラチャレンジ・ジャパン(FCJ)にデビューした。

ところが16歳で四輪レースにデビューした佐々木は壁にぶつかった。フォーミュラカーを思うように乗りこなせないのだ。レーシングカートは全体で150kg程度と軽いので自分の身体を使って振り回し、向きを変えられる。しかしフォーミュラカーの車重は500kg近くあり、ドライバーはステアリングとペダルの操作だけで向きを変えなければならない。そこに大きな壁があった。

「フォーミュラカーはコーナーでロールすることによって曲がります。でもカートの感覚が残っていて、ロールした瞬間に『滑った!』と勘違いしてカウンターステアを当ててしまっていたんです。カートではそれで速く走れるんですが、フォーミュラカーの場合、ロールして曲がろうとしている車の動きを逆に止めてしまうことになるんです」

感覚で操るレーシングカートと、車重もありサスペンションもついているフォーミュラカーの違いを佐々木は頭では理解はしていたが、子供の頃から身につけた感覚で身体が勝手に反応してしまい、レーシングカートの走り方からなかなか抜け出せなかったのである。

ようやくフォーミュラカーの操り方に慣れFCJで結果を出せるようになったのは最初のシーズンが終わる頃。この間、佐々木にアドバイスをしたのは、競艇選手の教官を務める父親だった。父親はコースで佐々木の走りを確かめては、佐々木に的確な助言をしたという。

「父は自動車のレース経験はないんですが、ポイントはよくわかっていて、しかも子供の時から見てくれていたのでぼくのクセもよく知っている。ハンドリングの操作が荒いとか、今のブレーキングはもっと奥まで行けるとか、コーナー出口でどういう向きでどういう角度になっていれば速いとか、いろんなアドバイスをしてくれました」

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近年、レースの世界ではデータロガーで走行中の各種データを収集し、走行後にデータを見ながら操作を分析するトレーニング手法が一般化したが、佐々木が受けたアドバイスは外から眺めたとき見て取れる挙動を元にした昔ながらの、いわば職人的指摘である。

「ロガーはわかりやすいんですけど、外から見たときの迫力だったり、ブレーキングの勢いだったりとかもすごく大事で、速く走るためには重要な情報だと思いました」

身体に染みついた走りを修正することができたFCJの2年目、佐々木は年間ランキング2位につけ、翌年、全日本F3にステップアップした。同じフォーミュラカーながら、F3はFCJと違い、空力によるダウンフォースを使いこなさなければ速くは走らせられない。佐々木を、また新しい課題が待ち受けていた。

「ダウンフォースのレベルが違いました。それまでは(アクセルを)抜いて入ったコーナーもむしろ抜かないで入ってダウンフォースを利用して曲がるなど、頭の切り替えが必要でした。風向きによっても影響を受けるので、風は常に意識しておかないといけないんです。父には、走る前には旗を見て風向きを頭に入れておけと教わりました。競艇は波や風を見て走り方を変えないといけませんから、よくわかっているんですね」

佐々木は頭を切り換え、空気の使い方を学び取って上位カテゴリーへ繋がる新しいテクニックを身につけた。ロガーのデータに加えて、実戦的な父親からの助言が佐々木を支えたのは今まで通りだ。

さらにF3にステップアップした段階で、佐々木はNDDPでF3チームの監督をしていた往年の名ドライバー、長谷見昌弘からの指導も受け始めている。

「長谷見さんも外から見てくれるタイプの人で、ピットでなくて、コースサイドからブレーキングに迫力がないとか、見た目の印象をアドバイスしてくれました」

また佐々木は、長谷見から「1回優勝しても忘れられてしまうが、チャンピオンになれば忘れられない。だからチャンピオンを獲れ」と教わった事が印象に残っているという。それは、四輪レース界で生き残っていくための智恵でもあった。

ひとつひとつ課題を乗り越えながら、佐々木はレーシングカート、FCJ、F3を乗りこなし、GT300を経て今年、ついにGT500に到達した。レーシングカート時代、速く走ることだけを追求してきた少年が、この間、サスペンションや空力を学び、レースでの駆け引きを身につけ、最高峰のGT500を乗りこなそうとしている。

四輪レースは、持って生まれた才能だけで乗り切れるほど単純な世界ではない。といって頭で理解するだけでも肉体は働かない。才能だけで先細りになる選手は少なくない。一方、知識に長けてはいるが速さに結びつけられない選手も数知れない。しかし佐々木は、レーシングカートで花開いた速く走るための才能を、優秀なアドバイザーからの指導やロガーデータから得られた経験や自ら感じ取った感覚としっかりと組み合わせて肉体と頭脳を改造しながら、実質わずか6シーズンという最短距離でトップレーサーと張り合えるほどまでに自身の戦闘力を引き上げたのである。

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もうひとつ興味深いのは、同年代の選手たちの多くが「目標はF1」と語るのに対し、佐々木は四輪デビューの頃から目標をGT500に置いていた点だ。佐々木は語る。

「レーシングカートで世界選手権を戦った経験を通して、子供の頃からF1につながっていなければF1に行くのは無理だ、F1は、速さだけではどうしようもない特殊な世界だという実情がわかったんです。レースはF1だけではない、今国内のGT500というカテゴリーでは、(アンドレ)ロッテラー選手など世界トップクラスの選手が世界一速いGTカーで走っているということに気づきました。それならニッサンのドライバーとして彼らと戦い、GTのトップになってやるぞと頭を切り換えたんです」

目指していたGT500に到達した今年、佐々木はシリーズ第7戦のタイ・ラウンドでルーキーながら表彰台に立った。だが佐々木の目標はまだ先にある。

「今の目標は、このクラスで無敵になることです。またあいつ、ポールポジションかよと言われるくらい速くなりたい。そこまではまだまだですね」と、才能と頭脳を結びつけた注目の若手ドライバー佐々木は、小さく微笑みを浮かべた。(了)

【第3章 チーム監督・星野一義の実像】
■第1回 眠れない夜
■第2回 山あり、谷ありの2014年シーズン
■第3回 チームの力を十二分に引き出すために

【第2章 GT500ルーキー佐々木大樹の可能性】
■第1回 HOT & COOL
■第2回 GTは抜き方、抜かれ方が重要
■第3回 23歳が刻んだ豊富な経験と幅広いテクニック

【第1章 レーシングドライバー松田次生の世界】
■第1回 1㎜の違いを見分ける繊細さ
■第2回 ヒリヒリとした緊張感が勝利を導く
■第3回 心拍数200の全身運動
■第4回 勝つための引き出し

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