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本山哲選手、今季は日産/NISMOのエグゼクティブアドバイザーに

2019.02.20 Wed



先日行われた、日産/NISMOのモータースポーツ活動計画発表会。
例年に比べていくつか大きな変更の発表がありましたが、なかでも本山選手がGT500クラスのドライバーを離れ、エグゼクティブアドバイザーに就任したことはファンの皆さんにとって衝撃だったかと思います。

本山選手が日産入りしたのは1996年。国内最高峰のフォーミュラカーレース、フォーミュラ・ニッポン(現在のSUPER FORMULA)にステップアップすると同時に、全日本ツーリングカー選手権に出場しました。

NISMOサイト
「エースの肖像~本山哲の刻んだ轍をたどる」
~本山哲、日産陣営へ~

また、GT300クラスで全日本GT選手権(現在のSUPER GT)にもデビュー。翌年にはGT500クラスにステップアップし、星野一義現監督とコンビを組みました。そして、1999年にNISMO入り。エリック・コマス選手とペンズオイル・ニスモGT-Rを駆り、第4戦美祢大会で待望の初優勝を飾ります。

~GT500初勝利までの道のり~

翌年TEAM IMPULに戻りましたが、2002年に再びNISMOへ復帰。本山選手がドライブした「XANAVI NISMO GT-R」は、2003年にシリーズチャンピオンに輝きました。これは、本山選手自身初のタイトルであると同時に、この年で引退するR34型スカイラインGT-Rの記念すべき戴冠でもありました。

2004年は、マシンがフェアレディZへスイッチされました。マシンのデビューイヤー、そして日産のエースカーでもありチャンピオンナンバー「1」をつけて戦うプレッシャーは、相当のものでしたが、本山選手はそれをはねのけ、シーズン2勝を挙げて2年連続でシリーズタイトルを獲得。「日産のエース」から、日本を代表するトップドライバーとなったのです。

~2年連続GT500クラスチャンピオン~

本山選手は、R35型NISSAN GT-R(現行マシン)のデビューイヤーとなった2008年にも、自身3度目となるタイトル獲得を果たし、2012年までNISMOドライバーとして活躍すると、その手腕を他チームの戦力増強にも生かすべく、MOLAへ移籍。近年は全日本F3選手権やSUPER FORMULAで監督を務めたり、自身でカートチームを作ったりと、若手選手の育成にも力を入れていました。

~衰えないスピード。2008年SUPER GTを制す~
~若手育成にも尽力。これからも日産とともに~

今年は、GT500クラスのドライバーを離れ、松村基宏総監督をサポートするエグゼクティブアドバイザーを務めることになった本山選手。活動計画発表イベントでは、GT500引退セレモニーが行われました。

「長い間、素晴らしい環境の門徒で走らせていただいた日産/NISMO、そして日本全国にいるファンの皆さん、僕が走ることに対して協力してくれるすべての人々に対して感謝を申し上げます。ほんとうにありがとうございました」

セレモニーに登場した本山選手のメッセージは、そんな感謝の言葉から始まりました。

「自分はレースが好きで、レースで勝つことに対して人並み以上にこだわりを持ち、それがモチベーションになって、これだけ長くレースを続けてきました。その気持ちがなくなったわけではないので、何か機会があればもちろんレースは続けていくつもりです。GTでは、今年はエグゼクティブドライバーというポジションで、日産全体のモータースポーツのレース内容、結果が向上するように貢献していきたい。ファンの皆さんに、日産のレース活動を見て楽しんで、応援してもらえるように頑張っていきたいと思っています」

22年間にわたってGT500クラスを戦ってきた本山選手。セレモニーでは、星野監督やミハエル・クルムNISMOアンバサダー、そしてたくさんの日産ドライバーたちから花束が贈呈されました。

今年は新たなフィールドでモータースポーツにかかわる本山エグゼクティブアドバイザー。ポジションは変わりますが、日産と共にモータースポーツを盛り上げていくことに変わりはありません。これからの活躍にも、大きな期待を抱いています。
本山選手、これまでありがとうございました。
そして本山エグゼクティブアドバイザー、これからもどうぞよろしくお願いします!!!

【Satoshi Motoyama #SuperGT 1996-2018】

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